
引き出しの奥で眠る宝飾品に新しい命を吹き込む
台東区谷中で、「ライムライト」という小さなジュエリーショップを営む稲田和哉さんは、祖父の代から続く彫金師の家系に生まれ育った。大正時代に水戸彫金の流れを汲んだ一族が東京・谷中に移り住み、銀器や宝飾品に彫り柄を施す仕事を請け負い始めたのだという。
「元々の家業は、指輪や宝飾品などに日本的な絵柄を施す“和彫り”と、隙間なく同じ模様を連続させていく“洋彫り”で、そのどちらも彫刻刀でひとつひとつ丁寧に彫り込んでいくもの。さらに私の師匠、実は私の叔父にあたるのですが、彼が専門としていた彫刻刀を使って小さな宝石をひとつひとつ埋め込んでいく“石留め”の技術も身に着けていきました」
宝飾加工業界においては、従来はそれぞれの作業が分業で進められていたという。以前は、稲田さんも大手宝飾メーカーから彫りと石留めの仕事だけを請け負っていたが、1999年に自らのショップをオープン。エンドユーザーに近い場所で、デザイン、製作、仕上げまでの全工程を手掛けていきたいと考えたという。
「これまで培ってきた技術力を生かしつつ、もっとお客様が求める作品を提供していきたいという思いから、オーダーメイドジュエリーの製作やリフォームを手掛けるようになりました」
宝飾品のリフォームといっても、稲田さんが手掛けるものは、もはや“再生”や“手直し”の範疇を超越。もちろん、ユーザーの要望に合わせての提案にはならうが、引き出しの奥で眠っていた宝飾品に、まったく新しい命を吹き込んでいるように見える。
「お母様から受け継がれた大切な指輪を、使いやすいもの、自分にあったものへとリフォームする場合にサイズ変更だけではなく、まるっきり新しいデザインに作り替えることも多いです。また指輪をベースにまったく別なジュエリーアイテムにも作り替え、生まれ変わらせることも可能です。心がけているのは、そのジュエリーが他にはない“オンリーワン”の存在であること。そのためにはお客様のイメージをじっくりお聞きして、職人の技術も駆使しながら、できるかぎり忠実に再現していきます」
要望のヒアリングには、じっくり時間をかける。それを一度、文章化してニュアンスの違いを埋めながらコンセプトを固め、お客様と共有したうえでラフ絵を描いて提案する。様々な要望を形にするためには、モチーフのアイデアが詰まった引き出しの数がキーになる。
「表現のアイデアは常日頃から蓄積するよう心がけています。私の場合、新聞と女性雑誌の気になる記事をスクラップしておいて、それを読み込むことで着想を得ています」
宝飾デザインに直接関連性のない内容でも、例えばファッションや料理、アート、新しいショップの情報といったものから、書籍情報やアカデミックなものまで、気になったものはすべてストック。とにかくアンテナを広げておいて、それらの情報と自分がもっている技術をどのように融合させるか、スクラップを見返しながら考えるのだという。
「そうするとこれまで自分が持っていた知識の枠を超えて、新しい提案が生まれてきます。私たちが扱っているジュエリーはお客様にとって特別なものであるのは間違いありません。だからこそ、あらゆる情報と想像力を駆使して、お客様の要望を正しくくみ取るのはもちろん、これからお客様がどのような時間を、どのような空間で過ごされるのか、そこまで想定したうえでご提案申し上げたいのです」
そんな稲田さんが現在、注目しているのは江戸切子のデザインと技法なのだとか。
「私がジュエリーを製作する上で、常に心掛けているのは、日本製を特徴づける、伝統技術と伝統美を織り込みながらも、鮮度と現代性を持たせることです。江戸切子はシンプルなラインが複雑に重なり合うだけで、日本の伝統美を確実に表現しており、それでいて現代のライフスタイルの中で、活き活きと使用されています」
稲田さんの彫金技法と江戸切子の技法が相まって、日本の伝統美を持った、新しいジュエリーが生まれている。
ライムライト
インタビュアー:伊藤秋廣(エーアイプロダクション)